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help リーダーに追加 RSS 小机城(横浜)

<<   作成日時 : 2009/01/07 06:19   >>

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JR横浜線小机駅から歩いて10分ほどのところに小高い山があり、そこが小机城のある「小机城址市民の森」です。
小机城遠景.JPG
小机城遠景

小机城想定図.JPG
小机城縄張り。
現在は第三京浜で城郭が分断されています。


城山を登っていくと、腰曲輪の跡がいくつか残っており、さらに空堀が巡らされていました。
小机城腰曲輪.JPG
腰曲輪

小机城空堀3.JPG
空堀。
あまり期待はしていなかったのですが、はっきりと残っています。


登城道途中の空堀には土橋が掛かっており、その先に冠木門がありました。
小机城土橋.JPG
土橋           


小机城本丸虎口.JPG
冠木門(当然ながら復元)。ここが本丸の虎口です。


本丸の周囲には空堀が巡らされており、さらに奥には二の丸の曲輪がありました。
小机城空堀4.JPG
本丸と二の丸の間の空堀

小机城二の丸.JPG
二の丸。

地元の人は二の丸を「本丸」と呼んでいるそうです。
二の丸は本丸の奥にあり、少し高くなっていることから、地元の人の呼び方が正しいのかも知れません。

二の丸跡には大きな土塁が築かれていましたが、櫓台もあったようです。


小机城は第三京浜により分断されており、第三京浜の向こう側には「富士仙元」という小さな曲輪がありました。
物見台とも思われるその場所からは、その名の通り富士山頂を見ることができます。
小机城富士仙元.JPG
ほんの少しでしたが、雪に覆われた白い富士山頂が顔を出していました。


〜城跡データ〜
【所在地】神奈川県横浜市港北区小机町
【築城年】不明
【築城主】不明(山内上杉氏?)
【主な城主】北条氏


小机城の築城年代は明らかになっていませんが、この辺りが開拓された12世紀以降だといわれています。

1478年に山内上杉家の家臣である長尾景春が反乱を起こした時、長尾景春方の矢野兵庫助がこの城に立てこもりました。
この時は、太田道灌に石神井城を攻め落とされた豊嶋泰経も、小机城に逃げ込んでいます。

太田道灌は反乱軍を鎮圧しますが、その時に太田道灌が小机城攻めの時に詠んだ歌が残っています。

小机は まず手習いの初めにて いろはにほへと ちりぢりとなる

歌道に精通し、歌道の功績を数々残した太田道灌ですが、この歌はどうでしょうか。
傑作なのか駄作なのか、いまだによくわかりません。

その後は北条氏の拠点となり、「小机衆」と呼ばれる軍団も編成されていました。
現在残っている遺構も、北条氏時代に築かれたものかも知れません。


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